PHCbi

遺伝子解析技術の発展 コラム|未来を創造するサイエンス

26 Nov 2021

1. イントロダクション

1869年にスイスのフリードリッヒ・ミーシェルは白血球細胞の核中に核酸を発見し、ヌクレインと命名しました。初めて生物からDNAを単離し、その後、1953年ジェームズ・ワトソン、フランシス・クリックらを中心にDNAの二重らせん構造の発見に端を発して以来、分子生物学の分野は大きく進歩し、1970年代にはサンガー、マクサム、ギルバートらによりDNA配列決定法の確立がされました。米国では、2003年までにNIHのフランシス・コリンズを中心に行われたヒトゲノムプロジェクトでヒトの全てのDNA塩基配列のシークエンシングが可能となるまでに至りました。Celera社のヴェンダーとの熾烈な’’読み取りレース’’は未だに生物学史の中で語り継がれているのです。

Nature, Vol. 409, 2001

Time, Jul 3th, 2000 ヴェンダーとコリンズ

本プロジェクトはサンガー法によってヒトゲノム全て解析をするのに約13年かかりましたが、2021年現在同じ結果をたった1日で得ることが可能です。現在までに、ゲノムのエピジェネティクス解析や、メタゲノム網羅的解析など遺伝子と遺伝子産物であるタンパク質の機能解析を実施することによって、様々な疾患治療、創薬などを目的とし研究活動が盛んに行われています。特に、次世代シークエンサー(NGS)の登場は分子生物学研究の進展に新たな革新をもたらしました。ゲノムの網羅的解析にはこのような次世代シークエンサーでの塩基配列の解読速度が大幅に向上したことが寄与しています。

これらシークエンシング技術の多くは、アメリカ国立衛生研究所(NIH)の一部であるヒトゲノム研究所(NHGRI)のゲノム解析技術プログラムのサポートの上で開発されました。 NHGRIの今後の目標の1つは、今よりも更に高品質かつヒト一人のゲノムのシークエンシングにかかるコストを最終的には1,000ドル未満まで削減できる新しいテクノロジーを開発することです。
上述した通り、次世代シークエンサーの登場により配列決定のスピード、コスト共に過去のサンガー法とは比べ物にならない程の進歩を遂げることができました。これらの解析結果から医療、創薬さらには農業といった分野まで我々の生活に関わる様々なところで大きく影響がでることが示唆されます。

2. DNAシークエンシングの用途

診療所など小規模施設でシークエンサーを用いた診断はまだ日常的に実施されていませんが、大規模な大学病院や医療センター等では、遺伝的要素を含む疾患の診断や、細菌やウィルス同定の為にシークエンシングが採用され始めています。疾患遺伝子、または突然変異を解明するため疾患患者の配列決定・解析が徐々に行われるようになりました。例えば、癌の場合、医師はデータベースによって患者が抱える癌種を特定できるようになり、これにより疾患に合った治療法などをより適切に選択できるようになります。

さらに、NHGRIとNIHによって支援されている「がんゲノムアトラスプロジェクト」は、DNAシークエンシングを駆使して、約30種類のがんのゲノム要素を解明しようとしています。他にも、遺伝子が複数の組織にかけてその活動がどの様に制御され、病気によってどう妨げられるのかも解明されようとしています。

3. シークエンス技術の歴史とその原理

3-1. ヒトゲノムプロジェクト

ヒト体細胞内には、約30億塩基対のゲノムDNAが存在します。この30億塩基対の遺伝情報を全て読み取る計画が1990年に開始されたヒトゲノムプロジェクトであります。このヒトゲノムプロジェクトで用いられたシークエンサーは2時間で約500塩基対がやっとであり、各国で同時に複数台並列し配列決定、解析を行う力業で13年もの月日をかけてこのプロジェクトは終了しました。このプロジェクトにより、全ゲノムが既知のものとなり、新規遺伝子の探索・同定を行う必要が無くなったのです。既知遺伝子の機能解析も同様で、遺伝子単体での機能解析を行うだけでは不十分と考えられ、多数の遺伝子解析を同時に行うことが主流となりました。しかしながら、従来のサンガー法では500塩基程度しか読み取りができないことから、多数の遺伝子解析を同時に行うことは不可能でありました。よって、各シークエンサーメーカーは新たな原理を用いて大量のシークエンシングを可能にする技術開発を行い、開発されたのが次世代シークエンサーなのです。次世代シークエンサーはサンガー法とは比べ物にならないほど塩基を大量に読み取ることができる装置であり、遺伝子の網羅的解析が可能となりました。

3-2. シークエンサーの歴史と技術の推移

3-2-1. 第一世代シークエンサー

従来から行われてきたDNAの塩基配列決定法はサンガー法を用いたキャピラリーシークエンスが長年行われてきました。ヒトゲノムプロジェクトではこれらのシークエンサーを用いてDNAの配列決定を行いました。この手法では、目的とするDNA断片の単離とPCRによる増幅を行います。配列特異的プライマーと断片を鋳型とし、蛍光標識を付加したジデオキシヌクレオチド(ddTTP、ddCTP、ddATP、ddGTP)を加えリアクションミックスを作成します(図1、A)。その後PCRにより、単一遺伝子を増幅します。蛍光標識したddNTPを取り込んだDNA増幅断片、様々な塩基長で伸長反応がストップし(図1、B)、この断片は高分子ポリマーを含んだキャピラリー(毛細管)内で電気泳動することにより長さの違いにより分離できます(図1、C)。キャピラリー下部でレーザー光を照射し、検出器で蛍光検出することでA、T、G、Cを同定し、DNA配列決定をするのです(図1、D)。

図1:第一世代シークエンサーの原理

3-2-2. 第二世代シークエンサー

近年多くの研究室で用いられているのが、第二世代のシークエンサーであります。第二世代のシークエンサーは高速かつ大量(105~107塩基)にゲノム情報を読み取れることから、次世代シークエンサー(NGS: Next Generation Sequencer)と呼ばれています。第二世代のシークエンサーを販売している企業は複数あるが、主な手法として① Bridge PCRを行い、SBS(Sequence by Synthesis)法により増幅する、または② 油中に分散させた液滴(エマルジョン)の中でビーズ上のアダプターと結合した鋳型断片(鋳型断片にもあらかじめアダプターが結合されている)のPCR増幅を行う手法(エマルジョンPCR法)があります。ここでは広く用いられているIllumina社のシークエンサーのSBS法を例に示します。

NGSではスライドガラス(フローセル)などの同じ固体表面上で数百万のシークエンシング反応を同時行える技術を意味します。したがって、数千万の異なる反応が同時に発生するのです。この手法では従来法と比較して労力が劇的に減少し、コスト自体が大幅に削減できます。NGSを使用したDNAシークエンシングに関連する一般的な手順は、ライブラリーの準備(図2 A、B、ゲノムのランダムな断片化、アダプターとのライゲーション)、フローセル上でのライブラリーの増幅、クラスター形成(図2 C)の順で行われる。各クラスターの蛍光色を画像検出することで付加したデオキシヌクレオチドの種類を判別します。これを繰り返し配列の決定がなされるのです(図2 D)。

図2:第二世代シークエンサーの原理

3-2-3. 第三世代・第四世代のシークエンサー

第二世代に比べて、第三世代のシークエンサーはスループットが増大するわけではありません。第三世代のシークエンサーはDNA増幅を必要とせず、1分子DNAでのシークエンスを可能にする技術なのです。PCRが必要ない点、そして第二世代シークエンサーの問題点であったPCRバイアスの問題点を解決できる特徴があります。本機は蛍光色で配列を決定でき、DNA断片でのリード長も極めて長いです(約10kb)。しかしながら、エラー率、コストの面から第二世代のシークエンサーに比べてまだまだ市場普及していません。

一方で最新のシークエンシング技術として、膜に結合した極小の通過穴(ナノポア、図3 A)に、一本鎖DNAそのままを通過される新規手法が開発されています。Oxford Nanopore社より販売されている機器がそれにあたります。この装置はPCRなどによりDNAの断片合成を必要とせず、また蛍光物質など光学的な要素も存在しません。本装置は一本鎖DNAがナノポアを通過する時の電荷(電位変化)や水素イオン、表面温度などを測定し配列を読み取る装置であります(図3 B)。この装置はPCRを介さないため、PCRによるバイアスの影響を受けないのが特徴で、かつ一回当たりのリード長も104~106と長いです。

図3:第四世代シークエンサーの原理

3-2-4. MGIの次世代シークエンサー

MGI Tech(華大智造、以下MGI)は中国遺伝子解析の大手であるBGIグループの関連会社です。BGIグループの創業は2012年と、この分野では比較的新興企業に属します。2016年にBIGグループは自社内にて次世代シークエンサーの販売を開始し、その製造・販売会社としてMGIを設立しました。MGI次世代シークエンサーは、既存のBridge PCRを用いる手法ではなくDNAナノボールを用いる点に大きな特徴があります。

第二世代シークエンサーではDNA断片をフローセルの上に乗せ蛍光色素、カメラを用いて配列決定を行う手法でありました。第二世代シークエンサーはBridge PCRにより断片増幅を行うため増幅を重ねれば重ねる程、PCRによるエラーが蓄積されていきます。このような手法の問題点を解決し、大量、かつ高速に読み取れる技術を開発したのが、MGI社の次世代シークエンサーなのです。
今までは直鎖状のDNA断片を鋳型としていましたが、MGIの手法ではローリングサークル(環状)型のDNAを増幅します(図4 A)。既存の次世代シークエンサーのPCRでは、鋳型のコピーからその次のコピーを作るため、エラーの蓄積が発生する。しかしながら、環状化DNA断片を用いたMGI社の技術は、常に環状化DNAを鋳型とし新たな環状化DNAを増幅さる手法を用いています(図4 B)。やがて増幅された環状化DNAは大きくまとまりボールのような形状になります(図4 C)。これをDNBs(DNA Nanoball)と呼び、DNBsにはおよそ500のコピーが含まれ、従来手法と同様にフローセル上で蛍光色を発し配列の解析を行います(図4 D)。

図4:MGIの次世代シークエンサーの原理

4. シークエンシング技術の歴史

4–1. プリゲノム・バイオインフォマティクス

主に研究者が “バイオインフォマティクスを行う”と述べる場合、パソコンなどのコンピューター技術を駆使して生体分子の組成や構造のデータの保存・取得・分析・予測する事を指しています。今後、コンピューター技術がさらに進歩し情報処理速度が上がる事で、生体分子のシミュレーションも可能となってきます。

上記は、ヒトゲノムプロジェクトが2003年に完成する以前のプリゲノム時代のバイオインフォマティクス、通称「プリゲノム」又は「クラシック・バイオインフォマティクス」と呼ばれています。プリゲノム・バイオインフォマティクスは、主にDNAのヌクレオチド核酸の配列のみをあらわにする事に焦点を置いています。

4–2. ポストゲノム・バイオインフォマティクス

プリゲノム時代に対して、ヒトゲノムプロジェクトが完了した2003年以降の時代はポストゲノム時代と呼ばれています。1990年に始まり、完了までに13年かかったヒトゲノムプロジェクトによって、現在までにヒトをはじめとしたあらゆるモデル生物の全ゲノム配列が参照可能となり、分子生物学の分野はプロジェク遺伝子単体の機能だけでヒトを見る見方を超え、ゲノム全体を軸とした見方に進歩しました。そしてこのゲノムを主体とするポストゲノム時代の遺伝学で用いるバイオインフォマティクスを「ポストゲノム・バイオインフォマティクス」と言います。

  • ポストゲノム・バイオインフォマティクスの特徴として、あらゆる生物の全ゲノム配列の情報が参照可能である為、それらを比較して生物間で共有されている遺伝子の相違点や類似点を測定できます。これにより、遺伝子の役割や種の進化の結論を導き出すことができます。この種のアプリケーションは、一般的に比較ゲノミクスと呼ばれます。
  • また、発生の様々な段階で、または様々な器官で、発現される遺伝子の発現度を測定する事を目的とした研究もあり、それらはDNAマイクロアレイ等の技術で達成されています。
  • 更に、遺伝子周辺の研究が飛躍するに連れ、遺伝子自体からそれらが発現する成果物、即ちタンパク質へと焦点がシフトします。
  • 例えば、構造ゲノミクスと言うそれら遺伝子がコードするタンパク質の構造を予測またはシミュレートしたり、プロテオミクスと呼ばれる、タンパク質の機能と相互作用を定義する為の分野にも大きく貢献しています。

すべてのNGS手法は数百万の小さなDNA断片を並行で解析し、バイオインフォマティクスを介して解析された個々のDNA断片をレファレンスのゲノムを参照して繋ぎ合わせる為に使用されます。

5. PHCbiとは

PHCHDの主要な事業部門の1つであるバイオメディカ事業部は、1966年より、高品質のライフサイエンス機器とソリューションを研究者に提供することに重点を置いています。製品ポートフォリオには、細胞の長期保存に長けた超低温冷凍庫、様々な医薬品や試薬の保管に特化した薬用冷蔵庫、最適な細胞培養の為にガスと温度を厳密に制御して体内の環境を再現するCO₂インキュベーター等があります。

PHC株式会社バイオメディカ事業では2021年7月、MGIが開発・製造した次世代シークエンサーの取扱いを開始いたしました。この機器は従来機器と比べてコストパフォーマンスに優れ、より身近にシークエンサーを用いることができます。MGIのシークエンサーの取扱いを開始したことにより、PHCHDは、グループ企業であるアメリエフ株式会社との連携を強化し遺伝子解析分野への進出を図ります。将来的には次世代シークエシング等の最新分析技術を通じて大学や病院と共にゲノム医療・検査の発展に貢献する事で、がんや希少疾患の患者の生活の質の向上を目指します。

参考文献

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PHCbiについて

私たちの新しい事業ブランド「PHCbi」における「bi」は、「Biomedical(生物医療)」を表すとともに、弊社の強み・哲学である「Biomedical Innovation(生物医療における革新)」を表すものです。私たちは、1966年の薬用保冷庫1号機の発売以来、「Sanyo」「Panasonic」両ブランドにおいて、その技術力を駆使し、高品質で信頼性の高い製品・サービスを創造し、ライフサイエンス分野や医療業界のお客様の期待に応えるべく努力してきた長い歴史を持っています。より詳細な情報は "PHCbiについて"をご参照ください。