1. 今の職場のスタッフを引き抜くときの注意点
開業準備の勤務医の先生が、頭を悩ますことの一つがクリニックの組織を整えることです。ほとんどの勤務医はスタッフ採用や育成は未経験です。そんな時、勤務先で何年か一緒に働き、有能で気心も知れた頼りになるスタッフがいると、開業後も一緒に働いてほしいと思うことはよくあることです。
しかし、安易に今の職場のスタッフを引き抜いてしまうとその後の経営に大きな影響を及ぼすトラブルの原因となるので注意が必要です。
今回は、今の職場のスタッフを引き抜くときの注意点を確認します。ポイントは3つです。
1.今の職場に迷惑をかけない
独立時には、今の職場に迷惑をかけることなく、祝福されて独立したいものです。患者獲得とスタッフ採用・育成は、クリニック経営においてとても重要です。患者もスタッフも時間とお金をかけて獲得した病院・クリニックの大事な経営資源です。「自分の患者だから」、「来てくれたら助かる」という自分本位の考えで、今の職場の経営資源を安易に奪うことは道義上許されません。
特に改正医療法では、医療法人の理事に対して「競業・利益相反」取引をするときは事前に理事会の承認を求めています。理事でない勤務医や個人医院の勤務医であっても考え方は同じです。
迷惑をかけずに独立するというより祝福されて独立し、連携先としてよい関係を築いていくにはどうしたらいいかという観点で独立準備することが大事です。
2.引き抜くスタッフへ経営者としての責任を全うする
信頼している医師が独立するならぜひお手伝いしたいと喜んで引き抜きに応じてくれるスタッフもいます。
しかし、転職はスタッフのその後の人生に大きな影響を及ぼします。「今と同じ労働条件」という口約束はトラブルの原因です。転職後にこんなはずではなかったということのないよう、他のスタッフの雇用と同様、業務内容と労働条件を事前に適切に示し、双方納得した上で雇用契約を結ばなければなりません。
3.採用・育成は経営者の仕事である
今の職場のスタッフを引き抜きたい気持ちの底には、採用・育成なんて面倒なことはなるべく避けたいと思う気持ちが潜んでいないでしょうか?今まで医療に専念できたのは、周りの有能なスタッフのおかげです。
有能なスタッフが安心して働けるのは、今の職場の経営者が時間とお金をかけて、働きやすい労働環境を整えてきたから。経営者として、組織のあり方や採用・育成の方針を先送りにして、安易に経験あるスタッフに任せてしまおうとすると、後で大きなトラブルを招きます。
引き抜く際の失敗事例
スタッフ採用の失敗事例には、いくつかの典型的なケースがあります。
1.今の職場から独立時のトラブル
院長や理事長に事前に十分な相談をせずに退職してしまうと、後任医師やスタッフをすぐに補充できず大きなトラブルとなることがあります。今までの診療提供ができなくなったり、最悪の場合、時間短縮や休診に追い込まれたりする例もあります。
元の職場に迷惑をかけて独立すると地域や医療業界での信頼を失い、思っていたような地域診療ができなくなることもあります。
2.採用後の労働条件のトラブル
前の職場と同じ条件と約束しても、医師もスタッフも雇用契約の詳細まで理解していません。月々の給与は同じでも、賞与が少ない、昇給率が低い、社会保険は対象外など、採用後に約束が違うというトラブルになりかねません。
また、約束の条件を守りたくても、計画通りに収益が上がらず、予定していた賞与や昇給ができずに、短期に退職してしまうということもよくあります。
3.採用後の職場環境のトラブル
医療専門職に限らず医療事務でも、業務を任せられるスタッフがいたら助かると思うのは当然です。しかし、安易に業務フローや採用後の指導などを任せてしまうのは危険です。
引き抜いたスタッフは先生に任されたと特権意識を持ち、シフト作成や業務配分を決めたり、やりたくない仕事を新人に押しつけたり、組織を取り仕切ったりするようになりがちです。開業後に考えていた組織作りが逆に難しくなってしまうこともあります。