キャリアパス

様々な分野のベテラン社員に、
PHCでのキャリアパスを聞きました。

高魚 力 高魚 力

バイオメディカ事業部
技術部(部長)

高魚 力

(1994年入社)

私の大きな転機は1999年、入社5年目にして海外の生産拠点の立ち上げに携わったことでした。以来、一技術者から新事業開発のプロジェクトリーダーとなり、米国ベンチャーとの共同開発、社内の各開発部門を結びつけた新規事業開発を経験し、今は世界的にニーズの高まる医療分野を突き進んでいます。振り返れば、20年以上技術の最先端を走ってきましたが、それは私の好奇心旺盛な冒険心に、会社や上司が応えてくれたから実現できたと感謝しています。いま、私が若手社員たちに呼びかけるのは、外の世界に目を向けて自分を知り、新しいものを貪欲に吸収し、世界で通用する人になってほしいということです。私自身、四国で生まれ育ち、海外で同世代の技術者と関わる中で自分の強みや弱みを知り、成長の原動力に変えてきました。PHCは歴史や規模では安定した企業ですが、今まさに変革へのチャレンジに向かっています。将来を考えたとき、「安定か、挑戦か」で迷う学生も多いかもしれませんが、PHCはその両方を兼ね備えた会社です。私もまだまだ挑戦の真っ最中。数年後は新たな事業を手がけているかもしれません。あくなきチャレンジャーであり続けたい人、私たちと一緒に走りましょう。

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三沢 三恵 三沢 三恵

診断薬事業部
糖尿病ケア営業推進室(室長)

三沢 三恵

(1998年入社)

医療機器販売の法人営業としてキャリアを積み、2016年から自社ブランドで展開する血糖値測定システムの国内販売のリーダーに就任しました。新たなタスクが山積みで日々頭を悩ましていますが、今が一番仕事にワクワクしているかもしれません。なぜなら、未知の分野への挑戦こそ、我を忘れて全力で仕事に打ち込めて、そこから新たな自分の力を発見できるからです。入社当時は、私に営業職ができるか不安でした。でも、お客様と真摯に向き合ううちに、法人営業は“会社の代表”であり、社内には“お客様の代弁者”として相互の利益を最大化できる仕事だと気づきました。20代の頃は営業の仕事がどんどん楽しくなる一方で、人生に求めるものも見え始め、上司に「30歳までに育児休暇を取ります!」と宣言までしていました。29歳で第1子、33歳で第2子を産みましたが、復帰後は限られた時間で成果を上げるために、集中して仕事に取り組み、生産性の高い働き方にシフトしました。そして、今はよりユーザーに近いポジションから販売事業を育てて、組織を育てる新たな仕事にチャレンジしています。PHCは人生のステージに合わせて自分が進化できる会社。ここで得たすべての経験が今の私につながっています。

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宮澤 武志 宮澤 武志

メディコム事業部
開発部 調剤開発第2課

宮澤 武志

(2002年入社)

入社以来一貫して薬局用レセプトコンピューターの開発に携わっています。目下、次世代レセコンの大型開発プロジェクトを進めています。最初に配属されたのはクレームなどに対応する顧客支援部門でした。大変でしたが、開発に携わる前に現場のニーズに触れられたのはいい経験でした。PHCのレセコンは日本で初めて実用化されたシステムです。ITの進化は早く、開発部門に異動してからも、さまざまな機能が実装されていきました。PHCのレセコンを一言で表すなら、万人受けするシステム。誰もが使いやすく、欲しい機能が揃っている。登場以来の歴史で培われた強みです。一方で、次世代レセコン開発ではそれを踏襲しつつ、今までの積み重ねをひっくり返すような技術革新が求められています。私自身もIT技術者として進化の波の中を生き抜いてきました。変化対応に大切なのは、今お客様が何を求めているのか、次のマーケットは何かを嗅ぎとる感覚だと思います。そこには用意された答えも決まりきった勉強法もありません。あるとしたら、仕事でも遊びでも面白いと思う新技術に好奇心をもって飛び込んでいくこと。自分たちが未来をつくっていける仕事だと自負しています。

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※所属部署は2018年3月時点のもので、現在とは異なる場合があります