目 次
1. 開業医と勤務医の働く時間
労働基準法では、労働時間を一日8時間、一週間40時間と定めています。勤務医が開業を決意した理由の多くに「長時間労働」「身体的・精神的不調」を挙げています。勤務医と開業医の労働時間の実態について紹介します。
(1)勤務医の働く時間の実態
厚生労働省の2019年の調査によると、「病院・常勤勤務医」の全診療科別の労働時間の平均値は56時間22分/週で、労基法の週40時間を大幅に超える過重労働が常態化しています。週あたりの勤務時間の調査ではなんと4割近くの医師が60時間以上働いています。過労死ライン(週60時間労働、月80時間「時間外」労働)を大幅に超えて働いている実態が明らかになりました。
勤務医の労働環境の悪さは、医師本人の健康状態に影響があるばかりでなく、疲労による医療ミスにもつながります。
出典:「第9回 医師の働き方改革の推進に関する検討会 医師の勤務実態について」(厚生労働省)
(https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000677264.pdf)
(2)開業医の働く時間の実態
開業医の労働時間については、東京保険医協会が2020年に実施した会員向けのアンケート「開業医の働き方実態調査」から「開業医の総労働時間」を紹介します。
診療時間(標榜時間)と時間外労働をあわせた労働時間の合計は「50時間以上60時間未満」が19%、「60時間以上」が17%となっています。勤務医ほどではないものの開業医も2割弱が過労死ラインで働いています。
参照:東京保険医協会「開業医の働き方調査」2019年11月
2. 開業準備中は多忙だが、開業後は選べる働き方
勤務医時代の激務から解放され、開業したら自分のペースで働きたいと考える先生が多いのですが、実際はどうでしょうか?
開業を決めてから開業資金を貯めようと通常勤務に加えて非常勤勤務をする先生も多く、開業前の準備期間は本当に多忙を極めるようです。開業準備の時間と開業後について解説します。
(1)開業準備の時間
ほとんどの先生にとって、開業およびクリニック経営は初体験です。開業前にどんな準備が必要で、どのくらいの時間がかかるのでしょうか?
クリニックの開業準備で一番大事なことは、クリニックのコンセプトを決めることです。コンセプトとは、「どこで誰にどんな診療を提供するのか」を決めることです。これが決まらないと、開業する場所も診療形態も決めることができません。次に時間がかかるのは、開業場所で希望の不動産物件を見つけることです。
そのほかにも、開業希望地域の想定患者数を検討する「診療圏調査」、開業に必要な「資金調達」、「内装工事業者の選定と内装設計」、「医療機器の選定」、「保健所・消防署など行政の手続き」、「職員の採用・教育」、「広報・集患」など未経験の業務が満載です。
どれも専門的な知識が必要であり、時間とお金がかかります。さらに適切な順で正しく行わないと計画変更ややり直しが必要になり、今後の経営に大きな影響を及ぼします。開業支援の経験豊かな開業コンサルタントや税理士に相談しながら進めることが一番の近道です。
開業前の準備期間としては、2年ほどかけてコンセプトの検討から始めるといいでしょう。診療所での勤務経験がなければ、開業前に半年ほどクリニックで非常勤勤務することもおすすめです。
(2)開業後
開業後の労働環境については、コンセプトを定める段階で自ら決めることができます。開業前に理想のクリニックのあり方を考え、診療時間や診療日の設定やスタッフの労働条件を検討し実施します。
クリニックの競争が激化している地域では、院長やスタッフの働きやすさより患者の利便性を優先します。朝早くから夜遅くまで診療するクリニックに対抗しようと、先生一人が長時間勤務で対応するのは無謀です。非常勤医師やパートスタッフを使うことで、先生の労働時間を抑えながら、診療を提供できるように調整します。
非常勤を雇うための人件費増を避けたいならば、診療時間の総数は変えずに週一回だけ朝早くもしくは夜遅い診療時間を設定することもできます。患者が増え収益が安定した段階で、非常勤医師やパートスタッフを増やし診療時間を増やすことも可能です。経営者としてコンセプトと一緒に方針を決め、戦略を立てて実行することで実現できます。
働きやすい環境はスタッフの採用や定着にも有利です。また、開業後はスタッフそれぞれの責任範囲を明確にして仕事を任せることで、スタッフのやりがいも増し、自立して考え動くことができるチームになります。
働きやすい環境整備と自立するチーム作りは、開業医のワークライフバランスの充実に欠かせません。非常勤勤務医を雇っても、スタッフとチームが育ってなければ、チームに任せて院長が休むことはできません。
3. 医療業務以外の経営者としての苦労
院長である開業医はクリニック経営の全責任者として3つの役割があります。
- 医師:医療技術の導入と提供
- 経営者:経営戦略策定と経営判断
- 管理者:スタッフの育成と組織運営
理想の医療を提供すればお金はあとでついてくると思いがちですが、環境変化の激しい現在、ゆっくりと構えている時間はありません。経営者として常にヒト・モノ・カネをどうするか、経営判断し続けることが求められます。
経営者としての経営スキルは自然と身につくわけではありません。最新医療技術だけでなく、管理スキルや経営スキルも自分で時間を取って、継続的に学ぶ時間を確保して、実践しなければなりません。
実際の経営では、経営判断というよりも毎日の小さな管理業務や雑務をこなすだけで時間が取られてしまいます。
例えば、電子カルテやオンライン問診票を導入しようとしても、誰かが最適な機種を選定しスタッフを教育してくれるわけではありません。人事労務の規定作りや集患のためのHPやチラシ作成も同じです。業者に頼むことはできても、診療形態に合わせた設定条件や基本的な情報は院長がまとめるか、誰かに指示してまとめさせなければまったく進みません。
ここで大事なことは、院長がいつまでもすべてを決め指示することではなく、基本的な経営理念と考え方を決めてスタッフに伝えた上で、スタッフができることはスタッフに任せることです。
開業時のスタッフのマニュアル作りや集患のWeb対策なども基本的な方針を決めたら、報告・連絡・相談の原則を決めた上で任せます。任せることでスタッフは育ちます。
4. いざという時に備え、「保険医休業保障共済保険」加入を検討
個人開業医は長時間の診療だけでなく雑務にも追われ、無理して働きがちです。医者の不養生と言いますが、健診を受ける時間もなく働き続け、気がついたときにはメンタル不調や体調不良の入院で長期間の休業に追い込まれることもあります。
勤務医時代は労災、健康保険などの社会保険が完備していたので、けがや病気で休業しても休業補償や傷病手当金を受け取ることができました。しかし、勤務医と違って個人開業医はけがや病気で休業中の保障はありません。
そんな開業医の万一の休業に備える保険があります。
保険医休業保障共済保険は、全国保険医団体連合会に加盟する保険医協会、保険医会の会員のケガまたは病気休業時の生活安定を目的とした共済制度です。一般社団法人全国保険医休業保障共済会が実施する会員向けとなっています。
保険加入条件は次の5項目です。
- 加入年齢が60歳未満であること
- 保険医協会・保険医会の会員であること(京都府保険医協会の会員以外)
- 保険医であること
- 1つの主たる医療機関等で週4日以上かつ週16時間以上業務に従事していること
- 告知日現在、健康であること
保険加入のメリットは、次の通りです。
- 通算500日の傷病休業給付金の給付
- 500日超の休業の場合は、最長230日の長期療養給付金の給付
- 死亡・高度障害時や脱退時の給付金等全部で6種類の給付金
第三者の医師の治療を受けていれば、自宅療養でも給付対象となります。また、休診せずに代診をおいても給付されます。
開業医の休業補償については、医師賠償保険などを扱う民間の損害保険会社でも扱っています。開業時に検討すると良いでしょう。
参照:休業補償制度(保険医休業保障共済保険)
5. まとめ
勤務医と開業医の働き方の違いについて解説しました。
勤務医の激務から逃れて自由な時間と理想の地域医療を求めて開業を決めたのに、気がついてみたら勤務医以上にハードワークになっていた、そんなことはないでしょうか?
医師としての働く時間は、勤務医と違いオンコールも当直もないので、勤務医時代よりぐっと減っているでしょう。でも、開業医は、医師・経営者・管理者の3つの役割を果たさなければなりません。
開業後のハードワークの原因は、経営者としてだけでなく組織を動かす管理者としての役割に多くの時間を取られたからではないでしょうか?
実は、管理者の役割は、先生次第で時間を減らすこともできます。スタッフを育て、権限移譲し、自立できるスタッフ・チームを作ることです。
開業医は一国一城の主。でも、院長だからといって、経営上の雑務に追われて体を壊すまで働きすぎたらクリニック経営は成り立ちません。クリニックの成功要因の1つは自立したチーム作りです。信頼できる非常勤医師とスタッフに任せて、院長もしっかり休暇を取ることができる、そんなクリニックにしたいと思いませんか?
筆者プロフィール
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