目 次
1. 開業医の生涯年収はいくら?
開業後の生涯年収はどのくらい見込めるのか、勤務医と比べてどのくらい増えるのか、気になる先生も多いと思います。生涯年収は、診療科や開業時期によっても違ってきます。新型コロナウイルス感染拡大や少子高齢化、診療報酬改定などの環境変化の影響は、診療科によっても違うようです。
今回は、開業医と勤務医の生涯年収の違いとその根拠について解説します。
2. 診療科目別の平均年収を紹介
勤務医の生涯年収を調べるために、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」より職種別年齢別の年収を算出し、5年単位の年収合計を表にまとめました。
25歳から64歳まで勤務医として勤めると、生涯年収の平均値は約5億9,100万円になります。45歳で開業する場合は、44歳までの勤務医の収入の平均値は約2億3,050万円です。それに開業医としての年収を加えて、生涯年収を算出しました。
賃金構造基本統計調査(令和2年度 2020年度)年代別 医師
単位:万円 | A.給与 (月額) |
B.年間 賞与 |
C=A×12+B 年間収入概算 |
D=C×5 5年間収入合計 |
E1(D①ー⑧) 年収合計 |
E2(D⑤ー⑩) 年収合計 |
E3(D①②) 年収合計 |
E4(D①〜④) 年収合計 |
E5(D①〜⑥) 年収合計 |
|
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
① | 25〜29歳 | 61 | 25 | 760 | 3,800 | 25〜64歳 勤務医 59,100 |
25〜34歳 勤務医 9,050 |
25〜44歳 勤務医 23,050 |
25〜54歳 勤務医 40,700 |
|
② | 30〜34歳 | 83 | 58 | 1,050 | 5,250 | |||||
③ | 35〜39歳 | 99 | 94 | 1,280 | 6,400 | |||||
④ | 40〜44歳 | 115 | 142 | 1,520 | 7,600 | |||||
⑤ | 45〜49歳 | 129 | 195 | 1,740 | 8,700 | 45〜74歳 勤務医 52,950 |
||||
⑥ | 50〜54歳 | 136 | 162 | 1,790 | 8,950 | |||||
⑦ | 55〜59歳 | 143 | 178 | 1,890 | 9,450 | |||||
⑧ | 60〜64歳 | 133 | 189 | 1,790 | 8,950 | |||||
⑨ | 65〜69歳 | 142 | 126 | 1,830 | 9,150 | |||||
⑩ | 70歳以上 | 125 | 47 | 1,550 | 7,750 |
出典:厚生労働省「賃金構造基本統計調査(令和2年版)一般労働者職種別 5職種(小分類)医師」を元に筆者作成
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2020/index.html
もし開業せずに勤務医のまま開業医と同じように74歳まで働くと、45歳以降の年収合計(平均値)は約5億2,950万円になります。これを開業医の診療科別年収と比較してみましょう。
診療科別の年収は、厚生労働省の「医療経済実態調査」の第21〜23回の6年分(2015~2020年)を元に、入院施設を持たない無床個人医院の年収を調べました。個人医院の統計なので院長の年収を医療収益(売上)から費用(経費)を除いた金額とします。
6年間の平均値を診療科別に年収順に並べました。無床診療所全体の平均値では、年間収益8,300万円、年収2,600万円です。一番低いのは外科の年収1,700万円です。
出典:厚生労働省「医療経済実態調査(平成30年、令和元年、令和3年度)一般診療科集計2」を元に筆者作成
出典:厚生労働省「第21回医療経済実態調査(医療機関等調査)/報告 全体版(9) 一般診療所(個人)(集計2)」
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450381&tstat=000001108555&cycle=0&tclass1=000001108556&stat_infid=000031641199&tclass2val=0
出典:厚生労働省「第22回医療経済実態調査(医療機関等調査)/同上」
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450381&tstat=000001135008&cycle=0&tclass1=000001135009&result_page=1&tclass2val=0
出典:厚生労働省「第23回医療経済実態調査(医療機関等調査)/同上」
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450381&tstat=000001160307&cycle=0&tclass1=000001160308&tclass2val=0
45歳で開業し74歳まで30年間、開業医として働いた場合の年収を試算しました。診療科により収益に占める年収の割合が大きく違うことに注目ください。年収が高い診療科は収益性が高く、低い診療科は経費の割合が高いことになります。
無床診療所 診療科別収益内訳(収益-費用=年収)
単位:万円 | G.収益 | H.費用 | I=G-H 年収 |
J=I×30 30年間収入計 |
---|---|---|---|---|
精神科 | 15,300 | 9,900 | 5,400 | 162,000 |
皮膚科 | 9,000 | 5,700 | 3,300 | 99,000 |
眼科 | 9,800 | 6,800 | 3,000 | 90,000 |
耳鼻咽喉科 | 7,600 | 4,700 | 2,900 | 87,000 |
その他 | 8,800 | 6,100 | 2,700 | 81,000 |
整形外科 | 11,100 | 8,600 | 2,500 | 75,000 |
全体 | 8,200 | 5,700 | 2,500 | 75,000 |
産婦人科 | 10,800 | 8,500 | 2,300 | 69,000 |
小児科 | 6,800 | 4,600 | 2,200 | 66,000 |
内科 | 6,900 | 4,900 | 2,000 | 60,000 |
外科 | 8,500 | 6,900 | 1,600 | 48,000 |
出典:厚生労働省「 医療経済実態調査(平成30年、令和元年、令和3年度)一般診療科集計2」を元に筆者作成
(1)整形外科
6年間の平均値で収益、年収ともに多いのは整形外科です。収益は1億900万円、年収は3,400万円です。開業後の30年間年収合計は10億2千万円です。
整形外科は費用の額が大きいのが特徴です。リハビリ室のスペースを広くとるため賃料が高くなりがちで、リハビリ機器のリース料、理学療法士などの専門スタッフの人件費がかかります。
(2)精神科
精神科の6年間の平均値は、収益9,700万円で年収3,400万円です。開業後の30年間年収合計は10億2千万円です。
精神疾患は「がん」「脳卒中」「急性心筋梗塞」「糖尿病」と並ぶ五大疾患です。ストレスの多い厳しい労働環境でうつ病などの精神疾患が増えていましたが、昨今の新型コロナ禍でメンタルヘルスの課題も増え、今後患者数も増えることが予測されます。
6年間の推移では、精神科は収益、年収ともに大きく伸びています。特に新型コロナ禍の影響もあり、2020年の統計では、精神科が年収5,400万円でトップとなりました。
収益・年収推移 | 2015年 | 2016年 | 2017年 | 2018年 | 2019年 | 2020年 | 6年間の増減 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
精神科 | 収益 | 6,000 | 6,200 | 7,800 | 7,900 | 15,100 | 153,000 | 255% |
年収 | 2,400 | 2,300 | 2,600 | 2,600 | 5,400 | 5,400 | 225% |
出典:厚生労働省「 医療経済実態調査(平成30年、令和元年、令和3年度)一般診療科集計2」を元に筆者作成
(3)小児科
小児科の6年間の平均値は、収益1億円、年収3,100万円です。開業後の30年間年収合計は9億3,000万円です。
6年間の平均値では、収益と年収も高いのですが、実は小児科は少子高齢化の影響を受け、年々収益が下がっています。2015年には整形外科、眼科に次いで年収が高い診療科でしたが、新型コロナの影響もあり、2020年には収益6,800万円、年収2,200万円と大きく減少しています。
収益・年収推移 | 2015年 | 2016年 | 2017年 | 2018年 | 2019年 | 2020年 | 6年間の増減 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
小児科 | 収益 | 13,100 | 13,400 | 9,300 | 9,600 | 7,600 | 6,800 | 52% |
年収 | 3,700 | 3,900 | 2,900 | 3,100 | 2,700 | 2,200 | 59% |
出典:厚生労働省「 医療経済実態調査(平成30年、令和元年、令和3年度)一般診療科集計2」を元に筆者作成
(4)眼科
眼科も収益に比べて経費の割合が低いので、年収は6年間の平均値で3,100万円と高めです。眼科医の開業後の年収合計は9億3,000万円です。
眼科はレーザー治療に加えて、白内障などの手術を行うかどうかで設備機器も広さも変わります。手術を行う場合は賃料や機器のリース料、スタッフの人件費も増えます。その分、医療収益も大きくなります。
(5)皮膚科
収益は低いけれど年収が多いのは皮膚科で、6年間の平均値は、年収3,100万円です。開業後の30年間年収合計は9億3,000万円です。
皮膚科は保険診療と自由診療の割合によって、収益や費用が大きく変わります。保険診療中心の場合は、収益も少ないけれど設備投資やスタッフ配置も少ないので経費も少なく済みます。自由診療中心では、レーザー治療費やエステスタッフ配置など経費はかかるけれど収益も大きくなります。
収益に比べて経費の割合が低く稼ぎやすい診療科は、ほかに耳鼻咽喉科があります。
(6)内科
内科(6年間の平均値)の収益は7,600万円、年収は2,300万円です。開業後30年間の年収合計は7億2,000万円です。
ほかの診療科に比べて、検査などの一人当たりの診療報酬が低くなりがちで、一般内科だけで収益を上げようとすると患者数を多くしなければなりません。周辺の競合クリニックを調査し、消化器内科、呼吸器内科、糖尿病内科などの専門性を訴求するとよいでしょう。
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3. 開業年齢別の生涯年収を紹介
開業年齢ごとの生涯年収については、年代別の勤務医の年収とその後の開業後の年収を試算します。
開業医の年収は、全体平均の2,500万円とします。開業する年代により開業医として活躍できる期間が変わります。
生涯年収試算表 開業年齢別
勤務医としての勤務時間 | 25〜64歳 | 25〜74歳 | 25〜34歳 | 25〜44歳 | 25〜54歳 | |
---|---|---|---|---|---|---|
Ⅰ 勤務医の年収合計 | 59,100 | 76,000 | 9,050 | 23,050 | 40,700 | |
開業年齢 | - | - | 35歳 | 45歳 | 55歳 | |
開業期間 | 0 | 0 | 40年 | 30年 | 20年 | |
Ⅱ 開業医の年収合計 | 2,500万円/年 | 100,000 | 75,000 | 50,000 | ||
Ⅲ 生涯年収(Ⅰ+Ⅱ) | 59,100 | 76,000 | 109,050 | 98,050 | 90,700 |
出典:厚生労働省「 賃金構造基本統計調査(令和2年度)年代別 医師 」を元に筆者作成
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2020/index.html
(1)30代で開業した場合
35歳で開業した場合は、勤務医の年収10年で9,050万円。開業医の年収は35〜74歳の40年間で10億円。合計10億9,050万円となります。
35歳で開業すると生涯年収は高くなります。30代前半までは勤務医の年収が低く抑えられているので、その時期に開業すると同年代の医師に比べて年収が高くなり、生涯年収は高くなります。
生涯年収を高くするには、開業資金の準備と医師・経営者としての能力に問題なければ、早く開業したほうがいいことになります。
(2)40代で開業した場合
45歳で開業した場合は、勤務医の年収20年で2億3,050万円。開業医の年収は45〜74歳の30年間で7億5,000万円。合計9億8,050万円となります。
30代後半から医師としてのスキル・経験ともに充実し、組織内での管理者としての役割も加わり、年収が増える時期です。40代での開業を視野に、計画的に開業資金を準備し、専門性を伸ばすとよいでしょう。
医師としての信用もあるので、開業資金の融資も受けやすい年代です。
(3)50代で開業した場合
55歳で開業した場合は、勤務医の年収30年で4億700万円。開業医の年収は55〜74歳の20年間で5億円。合計9億700万円となります。
医師としての実績は十分あり年収も多いので、十分な開業資金を準備できれば問題ないのですが、一般的には開業時に金融機関から多額の融資を受け、10〜20年間で返済します。50代以降に大きな借入金を抱えると、万一の体調不良やけがの休診などで収入がなくなると大変です。若い世代以上に健康面に配慮し、リスクへの備えも必要です。
4. 開業医と勤務医の生涯年収はどれぐらい違う?
開業医と勤務医の生涯年収の違いについて、個人医院の開業医の収入をもとに診療科別と開業年代による違いをまとめました。
25歳から64歳までずっと勤務医の場合、生涯年収は約5億9,100万円。「頑張って元気なうちは働こう」と、開業医と同じように74歳まで勤務医を続けると、生涯年収は約7億6,000万円となります。
それに対し、開業すると勤務医時代の収入と合わせて9億円から10億円の生涯年収となります。勤務医と開業医の生涯年収の違いは1億円から2億円以上になります。診療科別で生涯年収が多いのは、精神科、整形外科、皮膚科、眼科などです。
また、クリニックの開業時は、個人医院としてスタートしますが、収益が増え経営が安定すると法人化するクリニックが多いため、収益は個人医院より医療法人の収益のほうが多い傾向があります。近年では、個人医院より医療法人の数が増えていて、医療法人も含めた生涯年収では、勤務医と開業医の生涯年収の違いはもっと大きくなります。
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5. まとめ
今回は、新型コロナの影響で、整形外科や小児科の収益・年収が下がっている反面、精神科は上がっていることがわかりました。診療科によって儲かる・儲からないというのも、地域の診療ニーズや人口形態の変化によって大きく変わります。
開業すれば患者が集まる時代ではなくなりました。患者さんは、クチコミや紹介で知ってもすぐには来院しません。ネットで調べて比較してからようやく来院します。専門性がわかる情報発信も求められています。
儲かる診療科を選ぼうとしても、地域により医師の偏在の問題もあり、希望どおりの地域で希望の診療科を開業できるわけではありません。開業前の専門性を決める段階から将来を見据えた計画的な準備が必要です。
筆者プロフィール
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