GMPに準拠したCPCの運用にはコンピュータによる細胞培養工程管理システムの導入が欠かせない
大阪大学医学部付属病院 未来医療センター
臨床検査技師 伊丹 香里 氏
大阪大学未来医療センターは、トランスレーショナルリサーチの実践施設として平成14年4月に開設された、医学部附属病院の中央診療部門です。バイオサイエンスの研究によって育まれた数多くのシーズを、いかに安全に臨床実践へと結びつけられるか、あるいは先進的な診断から実験的治療までを医学的・倫理的・社会的評価を経て、系統的に一貫して推進することを目的としています。同センターで、CPCの運用管理、GMPに準拠した運営に携わっておられる伊丹香里さんに、CPCの現状と取り組みについて、その内容を語っていただきました。
手探りで始めた手順書の標準化から使い勝手の良いソフトウェア開発へ
CPCの運用そのものも、またGMPに準拠した細胞培養も、何ひとつ法的に決められたものはありません。1から新しいソフトウェアを立ち上げていくには、多くの時間とアイデアを出し合うマンパワーが必要でした。
「こちらがソフトウェアに要求する事項は際限なく出てきます。それに優先順位をつけて、それぞれをいかに実現していくか、創意工夫が必要でした。あらゆる状況を想定して要望をまくし立てたので、細胞培養の知識がないシステム開発の担当の方はイメージすら描けず、困惑されていたと思います。それに気付いたのはつい最近のことで、当時はもう夢中であれこれと悩んでは解決案を導き出していました。初めにシンプルな整形外科の培養から手がけたのは、偶然とはいえ正解でしたね」(伊丹さん)
同システムが導入される前は、3種類くらいの手順書を用意して、全てをラミネートしておき、細胞培養の進み具合に合わせて1枚ずつ差し替えたり、培養容器や使用する試薬・培地に貼るラベルを作成したり、事前の準備は、手間のかかる作業でした。用意したラベルも、培養状況によって廃棄したり、つくり直したりというのは、日常茶飯事でもありました。
クリーンルーム内のペーパーレス化と指図・記録の効率化をめざしたシステム導入
いま未来医療センターのCPCでは、次のプロジェクトが進行中です。
- 自己骨髄培養幹細胞を用いた骨関節疾患の治療(整形外科)
- 人工心臓と自己由来細胞移植を併用した心筋再生(心臓血管外科)
- 自己培養口腔粘膜上皮シートによる角膜再生治療(眼科)
- CEAペプチドパルス樹状細胞を用いた癌ワクチン療法(消化器外科)
しかし、これらのプロジェクトは、どれも最先端の実験治療であり、CPCでどのように細胞培養するのか、安全管理や品質管理の対策をどうするのかと、まさに手探りの状態でした。
臨床検査技師として参加された伊丹香里さんは、次の3つの役割を担っておられます。
①CPCで調整される細胞の感染症面での安全性を確保すること。
②CPC利用プロジェクトにおけるGMP準拠の文書(製品標準書・手順書・指図記録書)作製の支援・利用者に対する教育。
③未来医療センター内の実験室・検査室・CPCの設備の管理。
とくにこの②の指図記録書の作製は、非常に手間と時間がかかり、効率化の難しい業務だったのです。
CPCで細胞培養を実施する場合、必ずGMPに準拠した文書が作製されなければなりません。ところが、細胞培養の進行状況によっては、次の手順が変更になります。そうなると、幾通りにも分岐した手順書ができ、作業状況に見合った指図記録書が必要となるわけです。
しかし、この指図記録書は、CPCの清浄度クラス100のクリーンルームへ持ち込むためには、1枚ずつ全てラミネートして塵埃を発生させなくする必要がありました。
「この指図記録書の作製というのが、とても手間のかかるものでした。細胞培養の工程は、刻々と変化しますから、事前に指図記録書を用意しておいても、培養状況に応じて変更せざるを得ません。すると、また作製し直して1枚ずつラミネートしなければならなかったのです。また、手順書というペーパーベースだと、培養を行なう先生の方がその手順を身体で覚えているため、記録をポンポンとすっ飛ばしてしまい、後でまとめてということりなりがちでした。さらに、手順の変更とはいっても、条件がひとつ決まればイモ蔓式に決定する事項なので、その点を効率化してコンピュータによるペーパーレス化をめざして、三洋さんに細胞培養工程管理システムの開発をお願いしたわけです」と伊丹さんはおっしゃいます。
細胞培養工程管理システムの導入メリットについて、伊丹さんに次のようにまとめていただきました。
●CPCで調整される細胞培養は、GMPに準拠した手順で実施し、しかも記録に残されていなければならない。それを可能にするのは、コンピュータによる工程管理システムであると思う。
●指図記録書を印刷してラミネート加工してCPC内へ持ち込んでいた時は、1枚に書ける量が制限され、また記録するデータも限られていた。それが同システムによってコンピュータ化され、業務手順は簡略化されなからも、記録は必要かつ充分な内容を合理的に維持しながら、ペーパーレス化できた。
●CPCの運用を安全かつ正確に行なうためには、必要不可欠なシステムである。システム運用が軌道に乗って、1年、2年と経過すると、具体的なメリットとして、多様なプロトコルに対し、均一な規準で管理し記録が残せることや、複数のプロジェクトを同時進行していく上で、混乱をきたすことなく対応できるといった点がある。
「細胞培養工程管理システムとしては、まだ使い始めたばかりですが、順調に稼動しています。先日も、整形外科の先生から“当初の予想を上回る良いシステムにできたね”と褒めてもらえました。今後はさらに改良を重ねて、画像データも記録できるようになると、より客観性のあるデータを残すことが可能になるはずです」と伊丹さん。同システムに寄せられる期待は、さらに大きく膨らんでいるようです。