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代謝分析装置による細胞培養の新たな視点 コラム|未来を創造するサイエンス

代謝指標の連続的なリアルタイムのモニタリングは、細胞およびオルガノイドの培養の
経時的変化を追跡する方法を変革する可能性があり、再生医療への応用が期待できる。

細胞培養は生物学研究に欠かせないツールであり、その用途は生化学・生理学的研究のモデル系としての役割から、薬物スクリーニングやワクチン製造での利用に至るまでの範囲にわたる。特に複雑な構造を持つオルガノイドなどの培養では、構成細胞の状態をモニタリングできることが不可欠である。

細胞代謝(培養細胞内で起こり、生命維持に必要なエネルギーを作り出す一連の反応)の追跡は、細胞培養が順調に進行しているかどうかを確認するひとつの方法である。近年、細胞培養の進行状況を確認する方法は、単に細胞の生存状態を観察する方法から、詳細な測定値を収集し細胞がエネルギーとして利用するグルコース量と副産物として産生する乳酸量を推定する方法へと進歩している1

しかし、研究者は、細胞培養成功の極めて重要な指標であるグルコースと乳酸の濃度を定期的に測定するよりも、リアルタイムで連続的に追跡したいと考えるであろう。

PHCグループのバイオメディカ事業部を擁するPHC株式会社は、まさにそのための手段によって科学者の成果達成を支援している。PHCグループは、糖尿病マネジメント、ヘルスケアソリューション、診断・ライフサイエンスの各分野のソリューションを開発・製造・販売・サービス提供する複数の事業会社で構成されている世界的なヘルスケア企業である。

一層の複雑化

2次元培養法からオルガノイドなどの3次元培養法への移行など、細胞培養はますます複雑化しており、代謝を正確に追跡する必要性が高まっている。代謝を正確に追跡できれば、研究者は培養細胞全体の状態を評価することができる。

オルガノイドは、今日の細胞培養系の中で最も複雑なもののひとつである。オルガノイドは様々な種類の細胞からなる3次元構造体であり、臓器の構造を模倣したものである。そのため、オルガノイドは、特に細胞過程の連続的なモニタリングによって、代謝の基礎研究に使用することができる。

オルガノイドは、新たな治療法の開発や、疾患によって損傷を受けた臓器の代替となりうる細胞、組織や、将来的な可能性として完全な臓器を作り出すことを目的とする再生医療にも使用できる可能性がある。

木村昌樹は、米国オハイオ州のシンシナティ小児病院医療センター栄養消化器肝臓科のリサーチアソシエイトである。彼は組織工学と幹細胞技術を組み合わせて、人工多能性幹細胞(iPSC)から肝臓オルガノイドを作製している。

「iPSCには、肝臓の主要な機能を担う肝細胞や、免疫系のマクロファージをはじめとする多様な機能細胞に分化する能力があります。この革新的なアプローチを用いた肝細胞や肝組織の再構築は、肝疾患の治療、すなわち、組織の損傷や臓器不全などの問題に対処するためのソリューションを提供する可能性があります」と木村は言う。

より実態を反映

肝臓オルガノイドは損傷した組織の再生に利用できるほか、新たな治療法の開発にも使用できると、木村は話す。しかし、そうした応用のためには、「ヒト体内の肝臓のように高度の代謝機能を有する肝臓オルガノイドを形成できる高品質の肝細胞」が必要であると彼は言う。

木村は、実際の肝臓で行われる代謝の優れたモデルとなる肝臓オルガノイドを作製するため、オルガノイドなどの複雑な細胞培養系の代謝特性を正確に測定できる方法を必要としている。

グルコースと乳酸の濃度の測定頻度が少ないと、必要とされるレベルの詳細な情報を得ることができない。「細胞培養の従来の代謝測定法の問題点は、各時点の測定値の差が大きすぎるため、代謝の動的変化を検出することが難しいことです」と彼は説明する。

米国のシンシナティ小児病院医療センターの研究員である木村昌樹が作製した肝臓オルガノイドの走査型電子顕微鏡像。木村はオルガノイド増殖中の代謝のモニタリングにLiCellMoシステムを使用した。

しかし、PHCが開発した新たな装置はこれらの問題の解決に役立つかもしれない。
PHCのライブセル代謝分析装置(LiCellMo)ベータ版のテスターを務めた木村は、自身が作製した肝臓オルガノイドから、これまでよりもはるかに詳細な情報を収集できたと話す。

LiCellMoは、24本の独自のIn-Lineセンサーを用いて、24ウェルプレートで細胞培養に使用されている培地中のグルコースと乳酸の濃度を連続的にモニタリングする。これらのセンサーは、グルコースと乳酸が酵素と反応して電子が発生した際に生じる電気化学的電流を測定する。

このように、LiCellMoは、細胞培養培地を1日1~2回サンプリングしなくても、自動的に連続データを収集できる。研究者は、この連続データを用いることで、グルコース取り込みと乳酸産生に基づき、代謝の経時的な変化を検討できる。

連続測定データ

このような連続測定データは、研究者が培養細胞の経時的な代謝変化を追跡するのに役立ち、培養細胞または多細胞システムの挙動や薬物に対する反応へのより深い理解につながる。

「培地中のグルコース残存量の定量にLiCellMoを用いることにより、代謝挙動の変化を検出することができる」と木村は言う。

木村は、グルコース取り込みのみならず、生体内で一般にみられるプロセスであるグルコース合成、すなわち糖新生の研究にも、LiCellMoを使用している。糖新生は、血糖値の維持に基本的な役割を果たしているが、2型糖尿病、非アルコール性脂肪性肝疾患などの一部の疾患では血糖値のバランスが崩れている2

LiCellMoは、解糖系と酸化的リン酸化のバランスの分析にも役立つと考えられる。解糖系とは、生体内でグルコースなどの炭水化物を分解してエネルギーを作り出す経路であり、副産物として乳酸が生成する。酸化的リン酸化とは、多くの細胞過程でエネルギー源となる有機分子であるアデノシン三リン酸(ATP)を生成する代謝経路である。

解糖系と酸化的リン酸化のバランスは、エネルギー生成の基礎生物学的な解明に加え、臨床研究にも使用される可能性がある。例えば、アルツハイマー病を含むいくつかの神経変性疾患では、一部の脳領域で解糖系の機能低下がみられる3。また、一部のがん細胞は健康な細胞と比較して酸化的リン酸化への依存度が高い。

ラボでの研究で、これらのプロセスにみられる差異を細胞レベルで詳細に測定できれば、様々な疾患に関する新たな情報が得られるかもしれない。

肝臓オルガノイドの状態に関するデータ収集に加え、研究プロトコルの改良にもLiCellMoを使用していると、木村は話す。乳酸は毒性を示す可能性がある老廃物であり、細胞培養研究者は乳酸の蓄積を避けるため、培地を定期的に交換する。木村は以前、オルガノイドの培地を4日ごとに交換していた。しかし、LiCellMoを用いて乳酸濃度を追跡したところ、2日ごとに培地を交換する必要があることが判明した。「LiCellMoは、細胞維持や細胞分化プロトコルの作成に非常に役立っています」と彼は言う。

将来の応用

木村はこれまで基礎研究に重点を置いてきたが、LiCellMoを製造システムに応用する方法を思い描いている。「自動化された商業培養では、グルコース濃度の連続測定は製造システムにおいて非常に重要な部分を担うことになるでしょう」と彼は言う。

木村は現在、肝臓オルガノイドを用いた薬物スクリーニングにLiCellMoを組み込もうとしている。「しかし、我々は将来的に、移植に使用できる機能的な肝組織を作製したいと考えています。LiCellMoは我々の肝臓モデルの改良に非常に役立っています」と彼は話す。

左から:木村昌樹(後列、右から2人目)と米国のシンシナティ小児病院にある彼の研究グループ;PHC株式会社のライブセル代謝分析装置(LiCellMo);LiCellMoからの出力を用いてラボで研究に取り組む木村。

References

1. Odenwelder, D. C. et al., Biotechnol. Prog. 37, e3090 (2021).

Article  PubMed  Google Scholar

2. Shah, A., Wondisford, F. E. Annu. Rev. Nutr. 43, 153–177 (2023).

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3. Bell, S.M., Burgess, T., Lee, J., et al. Int. J. Mol. Sci. 21, 8924 (2020).

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このページの内容は、2024年4月4日付けでNature (※) オンライン版に掲載された
記事広告「Metabolic analyser offers a window into cell culture」の参考訳として
PHC株式会社にて日本語翻訳したものであり、弊社の責任のもと掲載をしております。
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