がん治療の最前線、組換えウイルスによる細胞標的治療で難病肉腫と中皮腫に取り組む
大阪府立成人病センター研究所
大阪府立成人病センターは設立以来、ガンを中心とした治療、中でも消化器がん、頭頸部がん、乳がん、肉腫の治療において多くの業績を残してきました。大阪府立成人病センターは病院・調査部・研究所が緊密な連携で診療・調査・研究を行っており、特に研究所ではがん治療に先端的なバイオ技術を使って新しい診断、治療法の開発を研究されています。今回は大阪府立成人病センター研究所病態生理学部門に導入されたアイソレータについて、部長の高橋氏と主任研究員の山村氏にお話しをうかがいました。
〈アイソレータ〉の導入時期と目的を教えてください
今年の1月です。がん治療のための増殖可能な標的化腫瘍溶解性ウイルス(オンコリティックウイルス)を製造する設備として導入しました。GMPに準拠した設備が必要ですが、この研究所のスペースでは大学などにあるような大きなCPCは造れません。可能な限り省スペースで研究費や維持管理費がミニマムなものということでこのアイソレータを提案していただきました。
ウイルスを使った細胞標的治療とは
悪性腫瘍にはがんと肉腫の2種類があります。肉腫とは筋肉や脂肪組織や骨などの悪性腫瘍のことで、ここでは平滑筋の悪性腫瘍である平滑筋肉腫に標的化腫瘍溶解性ウイルスを使う遺伝子治療を研究しています。従来から、腫瘍の目印になる遺伝子の発現制御メカニズムを解いてそれを利用し標的化する技術と、増殖の速い細胞に対して働き、それを壊すオンコリティックウイルスの技術の2つがありました。1988年に私が発見したカルポニンは、平滑筋に固有の遺伝子でこれをプロモーターに使い、先ほどの2つの技術を融合し、特定の腫瘍だけを標的にした増殖可能な腫瘍溶解性ウイルスをつくることに成功しました。平滑筋の肉腫だけで増殖できるウイルスなので副作用がほとんどないことが特長です。その論文は2001年にキャンサーリサーチに発表しています。これは国産オンコリティックウイルスの第一号です。
現在の稼動状態はいかがですか
セルバンク製造の実験ではベロ細胞にウイルスの遺伝子を導入し発現を確認していますので、9月からマスターセルバンクの製造に入る予定です。ここからアイソレータを使います。そのために納品以来試験稼動させ、無菌試験や連続運転、過酸化水素による滅菌実験、CO2インキュベータの温度、濃度、圧力など、多点環境モニタリングシステムを用いてデータを蓄積し検証しています。
こちらの〈アイソレータ〉はいくつかカスタマイズされてるそうですが
ウイルスを扱うということに限らず、薬をつくるわけなので無菌操作が絶対の条件です。低分子化合物だけを扱う場合と違い、オペレーターの持ってる野生型のウイルスが混入して増える可能性もでてきます。ウイルスを完全にブロックするために吸気用フィルターシステムのレベルをあげました。標準はHEPAフィルターで300nm以上のパーティクルをカットできますが、カスタムで100nmのパーティクルまでカットできるULPAフィルターに換装しました。ウイルスは単独で浮遊してるわけではなく唾液や水溶液などのドロプレットとして浮いているので100nmでカットできます。それと、顕微鏡がアイソレータの中で左右に自由に動くよう改造してます。表示画面も標準のLCDモニタでは視線の移動が大きいのでヘッドマウントモニタにしました。実用運転では他にも必要な箇所が出てくるかもしれませんが現状では非常に満足しています。
〈工程管理システム〉も導入されていますが
大阪大学方式の工程管理システムです。GMPに準拠した運用には煩雑な工程管理が要求されますが、ドキュメント作成のためのスタッフと時間を最小限にとどめ、運用上のリスクを回避するためにはこのようなシステムの導入が必要となります。
これからの計画などは
院内製剤という形で成人病センターで臨床試験をすることになると思います。2年以内に試験薬臨床ロットの製造を完了し、第I/IIa相臨床試験の準備を整えることを目標にしています。
また、成人病センターでは遺伝子治療の専用病室をすでに1年前から整備してます。この専用病室はこれからこのアイソレーターを使って製造される増殖型のウイルスにも対応できるように処置室から病室まで陰圧クリーンルームになっています。
注目したい、患者さんが研究者を支援するという新しいケース
平滑筋にできる肉腫は抗ガン剤が効きにくく外科手術で切除してもすぐ転移し、やがて死に至るという難病です。また、患者さんの数も他のがんに比べると10万人に2、3人と少ない背景があり、骨肉腫などの一部の肉腫を除きあまり治療法の研究が進んでいないようです。そんな現状の中で成人病センターの研究は患者さんにとって大きな希望となるニュースでした。アメリカと日本の患者グループの交流の中で高橋先生らの論文が話題となり、研究資金を援助しようという活動が始まったということです。
2005年、患者さんやご家族が「キュアサルコーマ」というグループを設立して5,000万円の研究支援を目標にリストバンドの販売を開始、さらに国の研究費適用を求める支援要請の署名活動を始めました。結果、10万5,000人以上の署名が集まり科学研究費として助成が決まる大きな追い風になったようです。アメリカではこのような患者活動があるそうですが日本では初めてのケースといわれています。臨床試験が始められるまでまだ数年かかりますが患者さんは明るい希望が持てるに違いありません。また、再生医療や細胞標的治療がもっと広く一般化し、普遍的な治療法として他の難病治療もより前進することを願わずにいられません。
●クリーンルームに納められたアイソレータは、ULPAフィルタ装備のため背が高い。クリーンルームはガラス部分が広く外からも作業が観察できる。
●多点環境モニタリングシステムが常に各種データを端末に表示し、クリーンルームから離れた事務室でモニタリングできる。