再生医療の実現化プロジェクト
文部科学省が2003年から10年計画で推進
世界に先駆けて幹細胞による治療技術の確立へ
再生医療が基礎研究から臨床研究へと進展する潮流のなかで、幹細胞を用いた再生医療の実現に向けて、文部科学省は、2003年から10年計画で、「再生医療の実現化プロジェクト」を立ち上げました。
このプロジェクトは、「再生医療は、細胞移植・組織移植によってこれまでの医療を根本的に変革する可能性を有する新しい医療であり、その実用化は我が国の経済活性化のみならず、国民福祉の観点から極めて重要である」との認識のもとに、幹細胞利用技術等を世界に先駆けて確立し、その実用化を図ろうというもので、次の3領域に分かれています。
●研究用幹細胞バンク整備領域
将来的に臨床利用も考慮した基幹的バンクと複数のセルプロセッシングセンター(CPC)を整備し、研究用幹細胞の供給体制を構築します。
●幹細胞操作技術開発領域
幹細胞の操作技術を主に動物モデルを用いて体系的に開発し、再生医療の可能性をさらに広げる発生・再生領域の基盤技術を確立します。
●幹細胞治療開発領域
より臨床に即して、パーキンソン病、脊髄損傷、心筋梗塞等の難病・生活習慣病に対する再生医療の実現、特に幹細胞を用いた新しい治療法の実用化をめざします。
研究用幹細胞バンク整備領域(ヒト神経細胞バンク事業)
国立大阪医療センターをメインバンクに慶応義塾大学、産業技術総合研究所で展開
難治性神経疾患への臨床応用をめざしヒト神経幹細胞の大量培養・保存・供給体制を整備
再生医療の成功の鍵を握るのは、まさに幹細胞。しかし、まだよくわからない点も多く、今後さらに幹細胞に関する研究を進めていく必要があります。ところが、多くの研究者にとってヒトの細胞を入手することは簡単ではなく、そのことが研究の進展と臨床への応用を妨げている要因のひとつといわれています。 そうした状況を打開するため、再生医療の研究者に品質が保証されたヒト幹細胞を供給する体制を整備していくのがこの事業です。
現在、臍帯血を利用したバンクとヒト神経幹細胞バンクが展開されていますが、ヒト幹細胞バンク事業は、慶応大学医学部を中核に国立大阪医療センター、産業技術総合研究所が連携してこのプロジェクトを推進。難治性神経疾患(虚血脳、脊髄損傷、神経変性疾患など)の治療へヒト神経幹細胞の臨床応用を目指しています。そのため安全性・安定性さらには移植細胞としての有用性を検証したうえで大量に生体外で培養し、臨床応用が可能な品質のヒト神経幹細胞の保存・供給体制を確立すべく技術的、倫理的体制の整備が進められています。
すでに、メインバンクの国立大阪医療センター、サブバンクの慶應義塾大学、産業技術総合研究所には、セルプロセッシングセンター(CPC)が整備されており、当社はその設計・施工をはじめ、CO2インキュベータ、バイオハザード対策用キャビネット、超低温フリーザなど、関連機器をあわせて納入。臨床用(移植用)グレードのヒト神経幹細胞を生体外で実際に大量培養し、その品質を検査し、最終的な製造細胞を安定的に保存する体制を確立するお手伝いをしています。
国立大阪医療センター臨床研究部
切望する患者さんのために早く、確実に、共通の目標達成へ全力
再生医療の実現化プロジェクトの各領域のなかで、最も臨床現場に近いところにあるのが、幹細胞治療開発領域といえます。この領域では、神経、感覚器、循環器、内分泌疾患などのうち、現在の医療技術では完治が困難なものやQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)が著しく損なわれるような難病・生活習慣病に対して、新たな治療法をもたらす可能性のある再生医療の実現化、とくに幹細胞を用いた治療技術の確立をめざした研究開発が実施されています。
現在、この領域で取り組まれている主な研究内容には、次のような研究テーマがあります。
- ヒト体性および胚性幹細胞を利用した人工角膜の作成
- 再生医学による心血管疾治療法の確立
- 脊髄損傷に対する幹細胞治療の開発
- 細胞移植による網膜機能再生の研究
- 内耳再生医療技術の開発
このほか、大学などの研究者グループが自発的に計画した公募研究課題もあり、臨床現場における新たな治療法の実用化という明確な目標設定のもと、これに必要とされる幹細胞に関する基礎研究、関連する応用技術開発研究、および実際のヒトにおける臨床研究まで、連携のとれた総合的な研究開発が進展しつつあります。こうした研究開発の一環として慶應義塾大学医学部では、脊髄損傷に対する幹細胞治療の開発(研究代表者:岡野栄之教授)が進められています。わが国で50万人近いといわれる脊髄損傷の患者に対して、ヒト幹細胞を用いた世界で初めての治療法の開発をめざすもので、日本発の新しい治療法の研究として内外の高い関心を呼んでいます。脊髄損傷は、近年、臨床医学的手法の進歩にともない、生命予後は改善されていますが、多くの患者さんが麻痺とそれにともなう深刻な合併症に苦しんでいるのが実態です。失われた四肢の機能を再び回復させるため中枢神経系の再生を可能とする革新的な治療法の開発が強く望まれています。
そうしたことから、同医学部では
- ヒトと同じ霊長類であるサル脊髄損傷を確立し、ヒト神経幹細胞移植による機能回復法の開発
- 細胞療法実現のために、臨床グレードでのヒト神経幹細胞の安定供給体制の確立
- 成体中枢神経系のグリア由来の軸索伸長阻害因子の解析とそれを駆使した神経軸索再生法の開発
- 脊髄損傷モデルに対する骨髄間質細胞移植による細胞療法の開発
- 組織工学、医工学の手法を駆使した神経軸索再生促進のためのscaffoldの開発
など、脊髄損傷の革新的治療法確立のために欠かせない基礎研究を緊密な共同体制のもとに進めています。
さらには、それらの英知を総結集し、最終的には、世界で初めてのヒト脊髄損傷に対するヒト幹細胞を用いた治療法の開発を実現すべく、たゆまぬ努力が傾注されています。有力な研究スタッフである松崎有未助教授は「患者さんたちは一日も早い実現を本当に切望されています。そのためにも、倫理面をクリアすることはもちろん、マウスやラットだけでなくヒトに近い霊長類(コモンマーモセット)を使った前臨床試験をきちんと行い有効性と安全性を確認し、早く、そして、確実に、私たちと患者さんの共通の目標を達成したいものです」と語っておられます。
ここでも三洋のセルプロセッシングセンター(CPC)をはじめ関連機器群が臨床応用実現へのステップを力強く支えています。
慶應義塾大学医学部生理学教室
クリーンルームが不要 高度な除染環境下で細胞培養を実現
ヒト神経幹細胞バンク事業を大きく前進させるものとして期待される細胞培養システムが、独立行政法人産業技術総合研究所・澁谷工業株式会社・三洋電機バイオメディカ株式会社の3者で共同開発されました。
このシステムは、ヒト細胞培養に必要な備品・機器をコンパクトにまとめ、システム内を除汚状態(Decontamination)にしたもので、直接人間が接触することがない閉鎖空間なので、高度な安全性を確保できます。世界初の新しい閉鎖型ヒト細胞培養システムとして関係各方面の注目を集めています。
これまで、ヒト細胞を安全に培養するためには、クリーンルームが不可欠であり、細胞培養を行う実験者は、クリーンルームへの出入りのたびに、クリーンスーツに着替えるなど、煩雑な作業をしていました。このシステムでは、実験者はハーフスーツを使用するため、簡便に細胞培養を行うことができ、通常の実験室内に高い安全性を有するクリーンスペースを確保することができます。
このシステムの開発に携わってこられた産業技術総合研究所セルエンジニアリング研究部門・金村米博博士は、「再生医療は今、臨床へと進んできています。AISTはヒト細胞の安全な培養と、細胞の品質を保障するうえで欠かせない超清浄環境を提供し、医療応用が可能となる細胞の供給に寄与するものと確信しています」と話されています。
閉鎖系細胞培養システム(AIST)の特長
●バリデートされたガス滅菌による除染環境保障
作業空間を過酸化水素蒸気で除染し、高度なクリーン環境を実現します。
●CLOSED SYSTEMによる除染環境の維持
作業空間は外部環境から完全に隔離されているため、除染環境が維持されます。
資材の出し入れ時は滅菌庫を経由し、随時過酸化水素蒸気で滅菌して作業空間に供給できます。
作業はハーフスーツを使用することにより、フレキシブルな作業が可能です。また、最大の汚染源である人が直接培養環境に接触することはありません。
●作業ストレスの削減(専用更衣・洗顔等不必要)
ハーフスーツ内での作業はフレッシュエアーを常時送り込んでいるため、従来のクリーンルーム内作業での無塵衣着用による息苦しさ、閉塞感から解放されます。また、容易に作業の一時中断、再開始も可能です。
●ランニングコストの低減
最低限空間だけを除染状態にしていますので、従来のクリーンルームに比べて低コストで設備が維持できます。従来のクリーンルームでは無菌保障された着衣など多額の消耗品費や多くのバリデーション費など、多額の施設維持管理費用が発生しますが、本システムでは問題の多くを解決します。
●フレキシブルなレイアウト対応
プロトコールに応じて、CO2インキュベータ、冷蔵庫、遠心器、細胞観察システムなどをユニットとして本システムにレイアウトすることが可能です。
産業技術総合研究所セルエンジニアリング研究部門