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マイクロ流路チップでフローサイトメトリーのクロスコンタミネーションに終止符を コラム|未来を創造するサイエンス

18 May 2021

セルソーティングは、基礎研究から臨床応用まで生命科学のさまざまな分野を支える基盤技術です[1]。用途は多岐にわたりますが、特定の細胞集団の「計数」、細胞培養・バイオプロダクション・細胞療法などでの「増殖」、細胞や細胞内分子の「解析」の3つに大別されます。

現在のセルソーターは毎時数百万個という高い細胞処理能力を備え、しかも10種以上の蛍光マーカーを同時に高感度で定量することができます。従来型のセルソーターは、jet-in-air方式やキュベット方式と呼ばれる液滴荷電ソーティング技術(細胞を含む液滴に電荷を与え、静電気で誘導して分離する方法)を採用しており、これに蛍光フローサイトメトリーを組み合わせる、蛍光活性化セルソーティング(FACS)と呼ばれる手法をとっています。しかし、このような方式では、細胞の識別や分離・回収にミスが生じたり、前回の実験からキャリーオーバー(検体間のコンタミネーション)が生じたりと、エラーがつきものです。これが培養細胞への目的以外の細胞の混入や、細胞集団の誤計数をまねくのです。

数々のエラーの中でも、とりわけクロスコンタミネーション(交差汚染)につながるエラーは、臨床において深刻な結果をもたらしかねないのはもちろん、基礎研究にとっても悩ましい問題となっています。細胞株のクロスコンタミネーションが原因で研究成果の信頼性が損なわれる例が後を絶たないのです。近年の報告によると、誤認した細胞を用いた研究は3万件以上にのぼり、それらの論文の引用回数は50万回を超えていました[2]。生命科学分野で再現性のない研究に費やされるコストは年280億ドルにのぼると推定されています[3]。米国立衛生研究所の全予算が年間420億ドル弱であることを考えると、いかに莫大かおわかりいただけるでしょう[4]

クロスコンタミネーションがもたらす深刻な影響

クロスコンタミネーションが最も深刻な影響を及ぼすのは、細胞療法、リキッドバイオプシー、そしてハイスループットの表現型スクリーニングです。

例えば、CAR-T(キメラ抗原受容体T細胞)を用いる自己免疫療法では、希少なT細胞表現型を90%という高い純度で患者から採取する必要があります。目的とする表現型は稀なうえ、識別に用いる表面マーカーは発現量が極めて少ない場合もあります。さらに、治療用途でのセルソーティングは、ハーベスト・精製・T細胞初期化・増殖・再注入といったすべての工程でGMP基準(医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準)を遵守する必要があり、品質と純度は特に重視されます。望ましくない細胞が培養系に混入するという事態は、それが装置のエラーに起因するものであれ、クロスコンタミネーションに起因するものであれ、絶対に避けなければなりません。

現在のセルソーターは多彩な機能を備えていますが、スループットや再現性、それに分離した細胞集団の均一性には不安が残るため、クリティカルな医療用途への適用は限られています。標準的なソーティング方式を採用している代表的なセルソーターの場合、高い純度・収率・生存率を維持するには1,000~2,000個/秒の処理速度が上限といったところでしょう。医療用途で求められる約140,000個/秒には遠く及びません[5]。このような装置では、ノズル通過時のせん断応力や圧力急降下など、細胞の収量・純度・生存率を低下させる要因がスループットの向上を阻んでいます。現在市販されている単一流路のセルソーターでは、マイクロ流路系を採用したものも含め、ほとんどの製品にこのようなシステム上の限界が存在します[6]

セルソーティング時にクロスコンタミネーションが生じる原因は、検出時の識別ミス、ソーティング後の回収ミス、過去の実験に由来する残留物などさまざまです。また、流路が閉鎖系でないため、細菌が混入する恐れもあります。

フロースルー方式の装置ではキャリーオーバーの問題が避けられません。特に、高い感度で高精度の測定を行う実験は、キャリーオーバーの影響を大きく受けます。各FACS機器メーカーもこの点を認識しており、洗浄や清掃の工程を組み込むことで問題の解決を試みてきました。自社装置搭載の標準洗浄サイクルにより著しいキャリーオーバー低減を実現したと謳っているメーカーもありますが、細胞の回収後に培養を行う場合には、たとえ1%のキャリーオーバーでも多すぎるかもしれません。「残留」細胞の増殖速度が目的の細胞集団を上回れば、1%がたちまち5%、10%、さらにそれ以上へと増加しかねないからです。そのため、検体間キャリーオーバーを毎回測定し、上限値を設けて管理する必要があります。当局の規制対象となっている作業工程の多くでは、正式なバリデーションを実施してキャリーオーバーが規格値を超えないことを確認するよう求められています[7]

装置設計の抜本的な見直しによる問題解決

バイオ関連機器の製造に携わる多くの企業は、使い捨て式のバイオリアクターを採用することでクロスコンタミネーションの問題を乗り越えてきました。セルソーティングについても同様の戦略をとることができるでしょうか。サイトメトリー装置は使い捨てるには高価すぎるため、FACS装置の設計を根本的に見直さない限り難しいでしょう。

東京に本社を置くオンチップ・バイオテクノロジーズ社は、マイクロ流路チップを用いたセルソーター「On-chip Sort」を開発することでこの難題を克服しました。On-chip Sortは、独自開発の使い捨て交換型マイクロ流路チップを用いてマイクロ流路内で細胞を分離します。分離には独自技術の「フローシフト」方式を採用しており、細胞の損傷・変化の原因となるせん断応力・高圧・衝突などが生じません[8]。また、滅菌済みのチップが提供されており、細胞を無菌環境で扱うことができます。チップは1回使用しただけで廃棄するので、クロスコンタミネーションが生じる心配は全くありません。On-chip Sortは筐体がコンパクトで、安全キャビネット内に設置できるため、無菌条件下で操作できます。フローシフト方式のおかげで、環境汚染の原因となるエアロゾルが発生することもありません。

On-chip Sortは、安価な材料を用いて標準的な射出成形技術で製造されています。蛍光検出器は最大6本まで追加搭載でき、数多くの試験で有効性が証明されています。最近では、日本の研究者がこの手法を用いて体外受精成功率の高い精子を選別しました[9]

まとめ

セルソーティングは研究者や臨床医にとって今や欠かせない手法となっています。最終的な用途が細胞集団の計数であれ、培養用の細胞収集であれ、あるいは細胞集団や個々の細胞の基礎的なプロテオミクス解析やゲノム解析であれ、正確さが求められることに変わりはなく、多くの場合、高い細胞生存率や機能維持も求められます。また、クリティカルな用途では、クロスコンタミネーションを発生させないことが何より重要です。使い捨て式の流路カセットの登場により、希少な細胞集団をクロスコンタミネーションなしに選別可能な、信頼性と正確性にすぐれた手法が確立したのです。

PHCbiについて

私たちの新しい事業ブランド「PHCbi」における「bi」は、「Biomedical(生物医療)」を表すとともに、弊社の強み・哲学である「Biomedical Innovation(生物医療における革新)」を表すものです。私たちは、1966年の薬用保冷庫1号機の発売以来、「Sanyo」「Panasonic」両ブランドにおいて、その技術力を駆使し、高品質で信頼性の高い製品・サービスを創造し、ライフサイエンス分野や医療業界のお客様の期待に応えるべく努力してきた長い歴史を持っています。より詳細な情報は "PHCbiについて"をご参照ください。