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インビボレベルにおける細胞分裂周期の調整 コラム|未来を創造するサイエンス

細胞分裂周期のインビボレベルにおける新たな知見

Michael D. O’Neill
生物体レベルにおける細胞分裂周期の調整機構に新たな光をあてる報告がCell Reports誌に掲載されました。サウスカロライナ大学医学部ホリングスがんセンターのCuitinoらは、組織イメージングとAIを組み合わせて、生物体レベルにおける特定の細胞分裂主要レギュレータの発現を研究しています。

哺乳類の細胞分裂周期とガンとの関連性

哺乳類の細胞は明確な4つの分裂期、即ち、G0/G1, S, G2 と M期によって増殖しています。これらの分裂期の制御は哺乳類やその他の多細胞生物組織の形状や大きさを測定する際に重要になります。シグナル伝達の複雑なネットワークがこの工程を制御しており、細胞内外における近接細胞の数や細胞サイズや形成の進行などに指示を出す役割を担っています。制御されない細胞の増殖がガンの顕著な特徴であり、ガンにおいては様々な細胞分裂周期の制御因子が関与するので、それらはガンの治療ターゲットとなり得るのです。
細胞分裂周期のインビボレベルにおける新たな知見

細胞周期制御:複数のタンパクによる相互関与

哺乳類の細胞周期制御は制御タンパクによる相互関与によって成されます。サイクリン依存キナーゼ類(CDKs)とそれらの触媒分子であるサイクリン類、レチノブラストーマタンパク(RB)、転写因子のE2Fファミリーなどが主要なタンパク類として知られています。サイクリンDとCDK4/6は、細胞周期の進行における主要な役割を果たしています。その機序は、リン酸化と、G1期からS期への進行を抑制する腫瘍抑制因子であるレチノブラストーマによる活性抑制となっています。これによって、転写因子であるE2Fファミリーによる転写活性が誘起されるのです。

転写因子E2Fファミリー:細胞周期進行させるジェットコースタータンパク

細胞周期の異なるステージを旅する細胞には、ジェットコースターのような役割のタンパクが関与しています。各々の細胞周期においてはある遺伝子セットの発現が増加し、細胞周期の後半では、その遺伝子セットの発現が減少します。この遺伝子発現の「上がり下がり」によって、細胞周期を通して進行が正確に行われています。E2F転写因子はこのジェットコースターに乗るための重要な役割を果たしています。

哺乳類には少なくとも9種類の異なるE2F転写因子が存在し、活性化(スイッチON)あるいは抑制的(スイッチOFF)役割を果たしています。これらの転写因子は「細胞周期のON/OFFモジュールである」と、本研究の責任著者であるGustavo Leone, Ph.D.は説明しています。Dr. Leone と彼女の研究チームは、この時空間的な或いは「いつどこで」これらの転写因子が哺乳類細胞で発現するのかを解き明かしました。

上記で議論されているように、細胞周期を制御する機構の異常化によってガンのような疾患が誘起されるということです。いくつかの細胞周期レギュレータはガンに関与し、それらのいくつかは大変有用な治療ターゲットとなります。E2F転写因子とガンとの関連はよく知られており、ほとんどのヒト新生物についてE2F依存転写の脱制御が関与しています。よって、これらの新たな知見は、細胞周期制御とガンとの複雑な関連を解き明かす第一歩となるのです。

インビボレベルにおける、細胞周期に合致する転写メカニズムの解明が遅れている

細胞周期における主要な制御因子の研究はこれまでインビトロ細胞培養系によって行われてきます。勿論、細胞培養系は生物学的メカニズムとガンのパスウエイとの関連を研究する基本的な重要な手立てですが、器官や個体レベルでのインビボ研究はもっと大きな治験を提供してくれます。この研究によって、E2F依存転写因子がどのようにインビボにおいて機能するのか、特に哺乳類において胎生期や成体発育期に「いつどこで」発現するのかが明らかになります。

「細胞分裂のスイッチON/OFFの発現がいつどこで起こるのかが判らないということは、キャンバスがないのに絵具だけ持っているようなものです。遂に私たちはキャンバスを手に入れ、そして体内の細胞まわりでタンパクがどのような動きをするのかという細胞状況の把握が出来るようになりました」とDr. Leoneは語っています。

二つのE2F機能モジュールの存在に着目

細胞分裂周期のインビボレベルにおける新たな知見

本研究により明確な二つのE2F転写機能モジュール、即ち一つは細胞分裂を活性化させる細胞周期依存遺伝子発現機能ともう一つは細胞周期から脱離するための遺伝子発現制御機能とが判明しました。一つ目の機能にはE2F3AとE2FとE2F4の三つの転写因子が関与し細胞分裂を制御しており、二つ目の機能にはE2F3 とE2F4の二つの転写因子が関与し細胞分裂を終結させています。これらの知見を得るにあたって、標識E2Fノックインマウス、細胞培養、RNAシーケンス、イメージング、そしてAI技術などが用いられています。AI技術の多大な貢献により、以前では正確に捉えることが出来なかったマウス組織中の幾千もの細胞に関与する転写因子を定量的に解析することが出来るようになりました。

「どの細胞においても不定期に発生する転写因子の発現を検出し定量的に解析する手法を開発することは、臨床と生物学との関連化が重要である」と共著者であるThierry Pecot, Ph.D.は語ります。本研究で最も注目されるのは、定量解析にディープラーニング手法を用いたことです。ディープラーニングとはマシーンラーニング技術によるものでコンピューターが実例データから学習する仕組みです。ディープラーニングは車の自動運転にも適用され、道路上の対象物を認識し判別し、スマートフォンのようなデバイスによる音声認識にて行われます。ディープラーニング手法の採用により、これまでは不可能とされていた複雑系である生体組織中のタンパク類の解析を可能としたのです。

細胞周期を司る生体組織依存総体的メカニズム

驚くべきことは、この二つのE2F転写モジュールは生体組織全てに存在するため、哺乳類の細胞分裂メカニズムの解明に適用できるということです。著者らはマウス組織インビボのシングルセル解析によって、これらの転写因子のアップダウンのレベルを定量的に明らかにしました。哺乳類におけるE2F発現と機能とを総体的かつ生理学的に関連付ける研究モデルを確立したことが重要なポイントとなります。

今後の方向

本研究によって細胞分裂の制御メカニズムについて新たな知見が得られました。著者らは「いつどこで」E2F転写因子という主要レギュレータが発現し、哺乳類の発育において細胞周期がどのように関与しているかを明らかにしました。そして細胞周期制御の総体的メカニズムについても示唆的な結果を提供しています。

「本研究はこれからの研究手法について重要な課題を提供しています。我々は生物体において細胞分裂についてのスイッチモジュールのON/OFFがいつどこで起こるかを明らかにしました。しかし、どうして複数のON/OFFスイッチが存在し重複する役割を持っているかはまだ不明なのです。」とDr. Leoneは説明しています。

本研究は、ガンのような複雑な生物学的パスウエイを有する疾患の研究手法について、大きな転換の必要性を我々に示唆しています。モデル生物と細胞培養によるインビトロ研究がモデル哺乳類によるインビボ研究と統合されれば、新たな創薬への道が開けます。

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参考文献

1. How cells regulate division: Researchers investigate how cell division cycles are regulated. ScienceDaily https://www.sciencedaily.com/releases/2019/06/190606133747.htm. (Accessed: 20th July 2019)

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4. Lodish, H. et al. Cell-Cycle Control in Mammalian Cells. Mol. Cell Biol. 4th Ed. (2000).

5. Ingham, M. & Schwartz, G. K. Cell-Cycle Therapeutics Come of Age. J. Clin. Oncol. 35, 2949–2959 (2017).

6. Bertoli, C., Skotheim, J. M. & de Bruin, R. A. M. Control of cell cycle transcription during G1 and S phases. Nat. Rev. Mol. Cell Biol. 14, 518–528 (2013).

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