目次
コーピングとは
コーピングとは、ストレッサー(ストレスの原因)に対して心身の負担を軽減しようとする心理的・行動的な対処のことを指します。英単語「cope(対処する)」を語源とし、心理学やメンタルヘルス分野で広く用いられています。
職場では、人間関係や業務負担など、さまざまなストレス要因が存在します。心身の健康を保ちながら業務を遂行するためには、こうしたストレスに意識的に対処することが重要です。
人間には本能的にストレスへ反応する「適応機制(防御機制)」が備わっています。これは、他の行動や他者への反発などによって負の感情を解消しようとする無意識の働きです。一方、コーピングは、感情や反応を無意識に流されるのではなく、意識的に整えながらストレスに向き合う点で異なります。

ストレスのメカニズム
人はストレスを受けると、心身にさまざまな反応が生じます。では、どのような仕組みでストレス反応が起こるのかを見ていきましょう。
ストレッサーによる刺激
ストレスは、外部からの刺激(ストレッサー)が引き金となって発生します。ストレッサーとは、ストレスの原因となる要因のことです。気温や騒音といった環境的要因、睡眠不足や体調不良などの身体的要因、さらには焦りや落ち込み、人間関係などの心理・社会的要因もストレッサーに含まれます。

関連記事:ストレッサーとは?種類や具体例、職場で行うべき対処法を解説
ストレッサーを認知
外部からの刺激を脳が認知すると、それをストレス要因として受け止めます。必ずしも意識的に感じるわけではなく、無意識のうちにストレスとして捉える場合もあります。たとえば、騒音のある環境では、集中力や作業効率が低下しやすくなります。
ストレス反応
ストレッサーを認知すると、その刺激に対して心理的・身体的・行動的な反応が現れます。心理的反応としては、不安感や苛立ちなどが代表的です。身体的には、頭痛や動悸、肩こりなどが見られることもあります。さらに、暴言や攻撃的な態度などの行動的反応につながる場合もあります。
ストレスと健康障害
ストレス要因によるストレス反応が続くことで、メンタル不調などの健康障害につながる可能性があります。仕事におけるストレスと健康障害の関係を、米国労働安全衛生研究所(略称:NIOSH)が「職業ストレスモデル」として提唱しています。従業員のストレスは、仕事の負担など仕事のストレスだけではなく、家族や友人関係など仕事以外の要因、そして考え方や価値観など個人要因があるとされており、それら様々なストレスが続くことで健康障害を引き起こす可能性があります。
一方、緩衝要因として上司や同僚など周囲からのサポートがストレス反応を和らげるためには重要です。

NIOSH:米国職業安全衛生研究所 職業性ストレスモデルを元に弊社作成
コーピングが注目を浴びている背景
メンタルヘルス不調による休職や退職者の増加により、ストレスは深刻な社会課題となっています。厚生労働省が2025年に公表した調査によると、仕事や職業生活でストレスを感じている労働者の割合は68.3%に上り、多くの人がストレスを抱えている実態が明らかになっています。
さらに、自殺者数の推移を見ても、ストレスやメンタル不調の影響は無視できません。2025年の資料でも、年間2万人を超える状況が続いており、自殺の原因・動機として「勤務問題」が一定数を占めています。
こうした背景を受け、2015年12月からは従業員50人以上の事業場で、年1回のストレスチェックの実施が義務化されました。そして、2025年5月の労働安全衛生法改正により、従業員50人未満の事業場についても、遅くとも2028年5月までにストレスチェックの実施が義務化される見込みです。
企業には、従業員のストレスを可視化し、予防的観点からサポート体制を整備することがいっそう求められています。
出典:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r06-46-50_gaikyo.pdf)
厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/content/001464717.pdf)
コーピングの種類
コーピングには複数の種類がありますが、代表的なのは問題焦点型コーピングと情動焦点型コーピングです。それぞれの特徴を見ていきましょう。
問題焦点型コーピング
問題焦点型コーピングは、ストレッサー(ストレスの要因)に直接働きかけて問題を解決する方法です。周囲の協力を得て解決することも含まれます。
ケース1:上司とのコミュニケーションが不足してストレスを感じている
・面談など話し合う機会を設けられないか相談してみる
・チャットなどを利用してこまめに連絡をとる
・同僚に上司への相談の仕方を聞く
ケース2:残業の多さがストレスの原因になっている
・業務の進め方や優先順位を見直して、効率化できる部分を探す
・仕事を定時で切り上げられるようにスケジュールを調整する
・チームメンバーや上司と業務分担や残業の要因を話し合い、サポートを求める
ケース3:与えられた業務量が多く、仕事が処理しきれないと感じている
・業務の全体像を整理して、不要な作業や先送りできる仕事を洗い出す
・同僚に協力を依頼したり、業務分担を調整してもらえないか相談する
・業務量や納期が現実的か上司へ相談し、必要に応じて調整してもらう
根本的な解決につながる一方で、必ずしも望む結果が得られない場合もあります。
情動焦点型コーピング
情動焦点型コーピングは、ストレッサーそのものではなく、自分の感じ方や受け止め方を変えることでストレスを軽減する方法です。ストレッサーは残っていても、認知を変えることで心理的負担を和らげられます。
ケース1:職場の人間関係がうまくいかず、相手の言動に傷ついている
・「人それぞれ考え方が違う」と受け止め、自分が必要以上に反応しないよう意識する
・会話の内容を一度紙に書き出し、客観的な視点で出来事を整理する
・信頼できる友人や家族に話し、気持ちの整理や気分転換を図る
ケース2:ミスをして落ち込み、気持ちの切り替えができない
・「失敗は成長の機会」と前向きに捉え直し、振り返りや反省をポジティブに活用する
・「完璧な人はいない」と自分に優しく言い聞かせ、失敗経験を受け入れる
・気分転換のため散歩や趣味の時間を作り、自分の心をリセットする
ケース3:残業が続いて疲弊し、「自分は要領が悪い」と自己否定してしまいがち
・「忙しいのは一時的」と自分の要領が悪いわけではなく、仕事量の変化を考える
・なぜ「自分は要領が悪い」と思うのか書き出して、気持ちを整理する
・うまくいった経験を思い出して、自分の価値を再確認する
問題焦点型よりも手軽に実践でき、併用することでより高い効果を得られる場合もあります。
ストレスコーピングの実践法
ストレスコーピングは、日常生活や職場の中でも手軽に実践できます。ここでは、日常と職場それぞれでの具体的な方法を紹介します。
日常でできるストレスコーピング
日常生活では、情動焦点型コーピングを取り入れるのが効果的です。趣味を楽しむ、軽い運動をする、友人と過ごすなど、リフレッシュできる時間を意識的に作ることでストレスを和らげられます。
また、マッサージやアロマセラピーなど、心身をリラックスさせる方法も有効です。
職場でできるストレスコーピング
職場では、問題焦点型コーピングが効果的です。
たとえば、業務量がストレス要因であれば、上司と相談する。社内に相談できる人がいなければ産業保健師に相談する、といったように自ら行動して対処行動をとれるようになることが大切です。こうした対処行動を従業員がとれるようになるには、企業として制度や体制を見直すことも重要です。
企業がコーピングを実施する際のポイント

従業員個人の努力だけでなく、企業が主体的に支援することで、コーピングの効果はいっそう高まります。ここでは、企業が取り組む際の主なポイントを紹介します。
職場環境・制度改善
職場環境や評価制度がストレスの原因となっている場合は、組織側での見直しが必要です。空調や作業スペースなどの物理的環境を整えるほか、従業員間のコミュニケーションを促す場を設けることで、安心感や一体感を高められます。
ストレスを生みにくい労働環境を整備することが、コーピングを根付かせる第一歩です。
教育体制整備
ストレスに対処するには知識とスキルが欠かせません。コーピングに関する研修やeラーニングを導入し、従業員が適切にストレスへ対応できる力を育成しましょう。企業全体で学びを共有することで、ストレスを抱え込まず、健全に向き合う企業文化を形成できます。
相談窓口設置
相談できる環境がないと、従業員はストレスを一人で抱え込みがちです。産業カウンセラーなど専門家による相談窓口を設けるほか、1on1ミーティングを定期的に実施し、気軽に相談できる場を整備しましょう。早期発見と対応が、メンタルヘルス不調の予防につながります。
企業がコーピングを取り入れるメリット
コーピングを導入するには一定のコストや工数が必要ですが、それ以上に企業にとって大きなメリットがあります。ここでは主な効果を紹介します。
休職者や退職者を減らせる
コーピングを組織的に導入することで、従業員がストレスに適切に対処できるようになります。強いストレスを受けた場合でも、自身に合った対処行動をとれるようになり、メンタル不調を未然に防ぐことができるようになります。その結果、職場のストレスによる健康障害を理由とする休職や退職を減らすことにつながっていくでしょう。
関連記事:メンタルヘルスケアの基礎知識|4つのケアと3つの予防策
業務パフォーマンスが向上する
ストレスが軽減されると、従業員は集中力や生産性を発揮しやすくなります。企業としてコーピングを支援することで、組織全体の業務効率や成果が向上し、結果的にエンゲージメントやモチベーションの向上にもつながっていくでしょう。
コーピングを実践している企業の取り組み例
コーピングを導入する際は、すでに取り組みを進めている企業の事例を参考にすると効果的です。ここでは、代表的な実践例を紹介します。
コーピングをテーマにした社内研修やセミナー
コーピングやストレスマネジメントに関する知識を身につけるため、社内研修やセミナーを実施する企業が増えています。会場開催だけでなく、eラーニング形式での導入も多く、従業員が自分のペースで学習できる点が特徴です。
ウィーメックスのストレスチェックサービスでは、Zoomを活用した研修プログラムを提供しており、対面形式での実施にも対応しています。
メンター制度の導入
メンター制度は、経験豊富な社員が若手社員の相談役となり、業務やメンタル面のサポートを行う仕組みです。相談相手がいることで、認知再評価型コーピングなども実践しやすくなります。厚生労働省も2012年にマニュアルを公開しており、導入企業が年々増加しています。
1on1ミーティングの実施
上司と部下が1対1で行う1on1ミーティングを定期的に実施し、業務やメンタルに関する悩みを共有する企業も多くあります。上司が部下の話をじっくり聞くことで、感情の整理や早期対応につながります。ラインケアの一環として導入するケースが一般的です。
関連記事:ラインケアでは何を行うべき?実施するメリットや注意点も解説
社内環境の整備
社内にカフェスペースを設置したり、フリーアドレス制を導入したりする企業も見られます。従業員同士の交流が生まれやすくなり、情報共有や相談の機会が増えることで、自然な形でコーピングを促進できます。
専門家によるカウンセリングの実施
産業医や心理カウンセラーによる相談窓口を設け、従業員が気軽に相談できる仕組みを整える企業も多いです。専門的な助言を受けることで、早期に対処でき、メンタル不調を防ぐ効果が期待できます。また、産業医面談を制度化し、必要に応じてサポートを受けられる体制を整備する企業も増えています。
関連記事:産業医面談とは?内容やメリット・注意点を解説
まとめ
ストレスの社会問題化を受け、企業には従業員のストレス緩和策が不可欠となっています。コーピングは有効な対策として注目されており、さまざまな企業で導入が進んでいます。本記事で紹介した事例を参考に、自社でもコーピングの取り組みを検討してみてください。
ウィーメックスでは、集団分析に対応したストレスチェックサービスを提供しています。さらに、セルフケアを支援するeラーニングも併せてご利用いただけます。職場全体のコーピング力向上にお役立ていただける内容です。ぜひこの機会にお問い合わせください。